2007年7月11日

h1をはじめ、見出し要素に関する議論が盛んになっている件

そろそろ見出しについて一言っておくか。

ということで結論から言うと僕はh1要素はページ内でひとつ、ロゴではなく主題についており、
h2以下の見出しが順番に現れるという構成、仕様で言うとISO-HTML準拠が良いと思っています。

理由は、ただ単純に「その構成がもっとも文書を理解しやすいから」ということです。
仕様だなんだというわけではありません。

元々HTMLというものが作られた時の説明は「文書間相互参照のためのフレームワーク」でした。
今も相互参照という点は変わりませんが、HTMLは自身の機能を超えて更に飛躍した性能を持ち合わせていると思います。
仕様は実践を持って改変されるべきだとは思いますが秩序も必要ですね、今の不安定で度々議論が交わされるHTMLが僕は結構好きですよ。

前置きが長くなりましたが、今回の見出し要素に関する議論から的が外れた事を言うんですが、
僕は正しいHTMLを書くためには文書の作成者こそ足元を正すべきだと思っています。

どういうことかというと、HTMLはHTMLを良く知らない人によって原稿が作成されているケースが多いということです。

僕は元々文章を書く仕事をしていたんですが、当時はWebも紙媒体も両方やっていました。

一般的にWebは発光している画面を見るため、紙媒体より情報量は少なくするのが望ましいとされています。
要するに、一般のライティングとWebライティングはまったくの別物ということですよね。
僕も意識してWebの時と紙の時で文章の順序から言葉の選択、言い回しなどなど全て変えていました。

更に言うとHTMLはメタ言語ですから、タグは視覚で伝えきれない意味を付与しています。
言語をタグで括ってはじめてHTMLの文脈的な意味は完成します。

ですから、HTMLを利用する場合、WebコンテンツのライターはHTMLの仕様を良く知り、タグで文章を補完できなければ望まれるHTMLは完成しないと言うことです。

原稿ありき(デザインがあってそこから文章を抜き出す場合はデザイナーがマークアップしたということと同義)のコーダーのアークアップですんで、
原稿にh1でマークアップすべき見出しが10回でてくるならそうするべきでしょうし、主題がない原稿ならh1が存在しないHTMLを作成すべきです、
ロゴがh1問題もよくあるけど、それは文脈しだい。それがわかりやすいかわかりにくいかは別として。

なので結論はHTMLの妥当さを議論すべきはコーダーやマークアップエンジニアではなく、
元々の原稿を書く人こそ盛んに行ってほしいということです。

そういう意味で僕もまだまだなので日々日本語スキルの向上目指して勉強する毎日です。

ライティング作業をするのはコーディング作業をする人とイコールです。
というところや、ライティングする人は知識があって当たり前というところは今回は対象外。

えらい人にはわからんのですよ。

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